内なるもの

去年の2月から今年の1月にかけての丸一年は自身も含め結婚式Yearでした。

兵庫県を中心にあっちこっちと飛び回り楽しませてもらったなあ。

 

去年の年明けにはArtStageSingaporeを目当てにシンガポールへ

芸術祭で九度山や滋賀にも行ったりと

いろんな土地の文化に触れる機会も多かった。

 

一昨年のヨーロッパ旅行以来、観光地をあちこちと巡っては

歴史を調べたり何かしらの由来を知ることが増えて

“在るべくして在る”ということを肌で実感することが多くなった。

 

その反面、”つくられた観光地”にありがちな違和感も

目の端にチラつくようになって、

不自然なものが出来上がってしまう工程について考えるようにもなった。

 

一種のエンターテインメントとして消費されるような模造物は

文化や歴史に根ざしたものとはどうしても馴染まない。

短期的な即効性はあったとしても

長期的に見ると大切な文化を蔑ろにしてしまっているように映る。

 

元々歴史の培われたものにとっては、

無理のないごくごく自然な姿であることが一番理想的なんじゃないだろうか。

自身が何かを創る上での心の置き所についても

改めて思い返すいい機会になっているように思う。